はじめに

みなさんは、ひどい腰痛のときに、どのように対処していますか? 整形外科を受診するのが一般的ではないでしょうか? でも、治らないことはあるでしょう。

私は日本整形外科学会認定専門医として、長年、腰痛の診断と治療を行っています。大学病院時代には、腰痛を治すためにたくさんの手術も手掛けました。腰

痛の診断や治療には、エビデンス(科学的根拠)に基づく方法があります。世界的にみても確立されており、私たち専門医はその技術を磨くために努力を重ねて

きました。MRI(核磁気共鳴画像法)、CT(コンピュータ画像診断)などの検査機器を駆使し、変形して痛みをもたらしている背骨を治せば、腰痛から患者さ

んを救えると信じていたのです。

医師がきちんと治すことができれば、腰痛の患者さんは減るでしょう。医学は日進月歩で進歩し、医療機器や薬なども新たに開発されています。医師が技術を

磨き、正しい診断と治療を行えば、多くの腰痛を治すことができるはずです。ところが、腰痛に悩まれている方は、依然として多い。厚労省の
「平成
25年国

民生活基礎調査」によれば、自覚症状で男性の1位は「腰痛」、女性は肩こりに次いで第2位となり、推計では、国内で腰痛に苦しまれている方の数は
2800万
人に上ります。

腰痛の原因となる病気は数多くあります。日本整形外科学会では、腰痛診療ガイドラインといって、診断や治療の基準を示す手引きがあり、
医師は科学的な根
拠に基づき、患者さんを診ています。しかし、「腰痛」の約85%は、原因が特定されていない「非特異的腰痛」とされているのです。
画像検査などで診断のつかな
い腰痛のことをいいます。

85%も非特異的腰痛といわれながら、みなさんが整形外科を受診すると、腰痛の原因となる何かしらの病名を告げられることは多いと思います。
数多くの診断
と治療を行う医師は、わずかな画像の変化を見逃しません。その経験則で病名を告げることがあるのです。

それが悪いというわけではありません。診断して治療を行い、患者さんが腰痛から解放されれば、それに越したことはないでしょう。ところが、診断と治療を

受けたはずなのに、「腰痛が治らない」「痛みがひどくなった」という方がいるのです。

私も大学病院時代は、診断と適切な治療により患者さんを治せると信じていました。非特異的腰痛を強く意識するような経験をするまでは……。

それは、1983年に神奈川県横浜市青葉区で、整形外科のクリニックを開院して間もない頃のことです。見覚えのある患者さんのひとりが受診されました。

大学病院時代に私が手術を行った患者さんです。画像診断をして適切な手術を行い、その後の検査で背骨は正常に戻っていました。

その方は、診察室に入って私の顔を見るなり、「先生、助けてください!」

とおっしゃったのです。

私は、自分の手術は成功したと信じていましたから、「今度はどこが痛いのだろうか?」と思いましたが、その方は「腰痛がひどくなりました」と訴えたのです

これには、非常にショックを受けました。手術が成功して腰痛が治ったと思っていた患者さんが、治るどころか悪化していたのですから……。画像検査などを改

めてしても、原因はわかりませんでした。あのときの私には、なす術がなかったのです。しばらく、むなしいと感じる日々を過ごすことになりました。

そんな私を気遣い、先輩が1本のビデオを送ってくれました。1990年頃のことです。ビデオに映っていたのは、原因不明の腰痛に対し、医師として新たな

科学的根拠に基づく関節運動学的アプローチ(AKA)を開発された博はか節夫先生の診療風景でした。

関節運動的アプローチというと、一般的にカイロプラクティックや矯正のように激しい動きの施術を思い浮かべがちですが、博田先生のAKA─博田法は、全

く違う方法でした。それまで見たこともない治療法で、患者さんが次々と痛みから解放されて笑顔を見せている姿に、最初は一体何が起こっているのかわからず、

困惑したのを覚えています。博田先生の治療法は、私が学んできた整形外科学では理解に苦しむ方法だったからです。

その後、クリニックで毎日たくさんの患者さんを診る中で、原因不明の腰痛に対し、私は整形外科学的な手法に限界を強く感じるようになりました。手術を受

けてもよくならない患者さんをなんとか救いたい。その思いからAKA─博田法に取り組み始めたのです。博田先生にご指導を仰ぎ、無我夢中で取り組みました。

「何かの突破口になるかもしれない」と、必死だったのです。

AKA─博田法を学び続けていたところ、複数の患者さんに劇的な効果が見られました。私自身も驚きましたが、「理屈よりも証拠、患者さんの笑顔がそれだ!」

と思い、技術向上に励んだのです。

口コミなどの評判で、当院には「手術を何度も受けたけれどもよくならない」「手術を受けたくない」など、腰痛で悩まれておられる患者さんが数多く来られる

ようになりました。セカンドオピニオンで利用されている方もいます。「普通の生活を取り戻せるようになってよかった」と、患者さんの笑顔を見るたびに、AK

A─博田法についてより多くの方々に知っていただきたいと思うようになりました。そんなお話を出版関係者の方にしていたところ、本著の機会を得ることができまし

た。AKA─博田法は、整形外科領域に新風を吹き込む技術です。手術を勧められて悩んでいる方、治療を受けても改善されずに原因不明の腰痛で悩む方に、少しでもお

役に立てれば幸いです。

岡田理学クリニック院長岡田征彦