ある内科医の腰痛闘病記

 発端は坐骨神経痛でした。趣味のサーフィンの最中に足の痺を自覚するようになったのが平成313月でした。その頃は歩くときに少し響く程度で日常生活の支障はありませんでした。それが急速に悪化したのが4月下旬でした。この日はいつも行っている海で開催されたあるイベントで話をすることになっていたので良く覚えています。イベントが終わって帰ろうとした途端に足が前に出なくなりました。車まで10mの距離が歩けなくなってしまったのです。しゃがんで休んでいたら少し楽になり、やっとの思いで車にたどり着きました。一晩寝たら症状は幾分楽になっていたためまた懲りもせず海に入りました。サーフィンでは沖に向かう際にパドリングといってサーフボードに腹ばって少し胸を反り気味にして漕ぐのですが、そのときは反ると腰が痛くなって左足のシビレもひどくなったので2-3時間のあいだ殆ど一回も波に乗ることはできませんでした。海から上がってくるときも100mほどの距離で何度も蹲ってしまうほどでした。以前頸部脊柱管狭窄症で手術をしている(椎弓切除、後方開放術)ので、診療を休んで手術をしてもらったA病院神経外科の先生を訪ねました。腰椎のMRI検査では腰椎下部の第4~第5腰椎間(L45椎間)で、左の椎間板が飛び出して大きなヘルニアを形成していました。診断は椎間板ヘルニアおよび脊柱管狭窄症といわれました。その先生の意見では私の椎間板は水分に富んで若々しいので78割は自然に良くなると思うので手術をしないで安静にして様子をみましょうということになりました。それまでは電車通勤をしていましたが、歩けないので車通院になってしまいました。ちょうど、ゴールデンウイークであったことも幸いして一歩も外出せず、安静にしていました。そのときはうつぶせになると腰が痛くて足も痺れてしまうので腰の下にクッション入れて腰を高くしなければなりませんでした。ひどいときは仰向けでも痺れるので左足を立てて凌ぎました。駐車場から診療所まで少し歩かなければなりません。距離にして100mくらいでしたが休み休みなので15分はかかります。歩き出して100mほどで両膝から下が重くなってきます。その後、鉛の棒が足の真ん中を通っているのではないかという感じで痛みがやってきます。そして座ったり蹲るとその症状が和らぐのです。最初は杖を使ってみたのですが、どうやっても痛みが和らがないため松葉杖にしました。このときは駐車場まで5回くらい休まないとなりませんでした。少し歩いてはしゃがみ込み2-3分苦悶してまた歩くという状況でした。痛み止めとしてロキソニンやリリカを試してみましたが効き目はありません。とうとう歩くのをあきらめ、車椅子に乗ったらうそのように楽になりました。仕事場の駐車場の身体障害者のスペースに駐車し、車椅子を妻に押してもらって診療所にゆくという日々でした。仕事で座っている分には痛みはないのですが、歩いてトイレに行くのも困難でした。 心配してくれた患者さんからゴム製の骨盤ベルトを頂き、使ってみると少し楽になった感じがしました。ネットで調べてバランスゴムというものにたどり着き、これを骨盤に巻いて腰をグルグル回したりしていました。この間、自覚症状は悪くなっていく一方で出口の見えない不安で気分的にはかなり鬱っぽくなっていたと思います。もうこんな状態なら手術してもらおうとほぼ決心していました。6月初めにTさんが来院されたのはまさにそんなときでした。そんなにひどくて手術を考えているのならその前に是非AKA-博田法という治療を試してみて欲しいと教えて頂きました。でも私の中では次回(6月下旬)にA病院でMRI検査と診察を受けることになっているのでそれまでは安静を保とうと思っていたので整体やカイロなどで無理矢理力を入れて施術したら,却って具合が悪くなってしまうのではと思っていたからです。ところがTさんが言うにはAKA-博田法は少しも力を入れない理学療法で、しかも整形外科の先生が施術してくれるとのこと。それなら試してみようという気になったのです。

  実は半年前に別の患者さんがやはりAKA博田法で歩けるようになったというのを聞いていたので、もう一度話を伺いたいなと思っていたら、なんとその方が翌日に来院されたのです。しかもお二人とも同じ岡田先生に治してもらったのでした。偶然とは思えないタイミングでAKA-博田法の話が続き、何か見えない力に押されているように感じました。早速、予約の電話を入れましたところ、運よく翌日の土曜日にキャンセルがあり診察をしてもらうことができました。その日は車を駐車場に止め、ヘルニアベルトを巻き目の前のクリニックまで何とか歩いていきましたが車椅子は使いたいくらいでした。最初に仙腸関節についてお話を伺い、治療には23か月かかると言われました。立って前屈と後屈をするように言われましたが、後屈は痛いのと怖いので少しも後ろに反れません。横になって足を上げたり、曲げたりされても特に痛みはありません。いよいよ治療開始になりましたが、「力を入れすぎると身体が防御反応を起こして仙腸関節は硬くなってしまうのです」と言われたとおりにただ触れられているくらいの感じで痛みは一切感じません。「今日はここまでにしておきましょう」左右3回づつの施術で終了しました。一度目の施術で自覚症状の改善はなく、むしろ1週間後には悪化したように感じましたが、あらかじめ岡田先生に初期反応で一過性に悪化することもあると伺っていたので心配はしませんでした。2回目(2週間後)の施術後も期待していたほどの結果はなくどうしたものかと思案していました。A病院での2度目のMRI検査では飛び出したヘルニアは半分ほどに減っており、明らかに改善しているので手術はしない方針になりました。それなのに、症状としては相変わらず間欠性跛行があり、200m歩くと蹲ってしまう状態でした。ところが3回目(4週間後)の施術を受けた翌日から変化が現れました。普段なら200メートルで蹲ってしまうはずなのに、少しは痛くなりはするものの蹲るという程ではなく、気が付くとあれよあれよという間に4kmも歩いていました。今まで歩けなかった分、嬉しくなって翌々日には7km、翌週には11kmも歩けるようになったのです。この頃にはヘルニアベルトも必要でなくなり、車椅子を手押し車の代わりにしていました。足腰の筋力が衰えてしまったのでリハビリのつもりで近所のプールで泳いだり水中歩行もしました。最初は平泳ぎの際に少し腰に違和感がありましたが2週間後には違和感もなくなりました。4回目(6週間後)の施術のときは少し早く着いてしまったので青葉台駅の周辺を散歩してしまうほど楽になりました。8月に3度目のMRI検査をしましたがヘルニアは9割がたなくなっており、普通の生活に戻っていいとのお許しがでました。腰痛が始まって約4か月、AKA博田法5回目の施術を受けた時点でめでたく念願のサーフィンに復帰することができました。但し、岡田先生からは「60歳以降の方には完治という言葉は使いません。油断しないように」と釘を刺されているので、無理は禁物、ゆっくりと腰痛と付き合っていくつもりです。AKA-博田法の治療はとても不思議な治療でその理論を理解することはなかなか困難です。仙骨はその上に脊椎が乗っており、上半身の一番尾側といえます。一方腸骨はその下に足の骨が続くので下半身の一番頭側です。つまり仙腸関節は上半身と下半身の蝶番のような非常に大事な関節なのです。普通の関節と違って動き過ぎては体を支えられませんが、逆に固まってしまっても良くないのでしょう。私の場合はヘルニアのため前かがみの姿勢をしていたため仙腸関節に過度の負荷がかかっていたのではないかと思います。間欠性跛行は脊柱管狭窄症の特徴的な症状といわれています。2度目のMRIでヘルニアが改善していた(脊柱管狭窄も改善されていた)にも関わらず、間欠性跛行が続いていたのはヘルニアや脊柱管狭窄からではなく、仙腸関節が原因だったのでしょう。またヘルニアベルトで少し楽になったのもベルトを締めることにより仙腸関節が少し開いたからではないかとも考えられます。腰痛でお悩みの方でヘルニアベルトで多少改善する方はAKA博田法による治療が有効なのではないかと考えられます。今日の私があるのも岡田先生が救って下さったお蔭で、言葉にならないくらいの感謝の気持ちです。実は腰痛で悩んでいる方はとても多く、私の劇的とも言える改善を目に当たりにした患者さん達もとても驚いています。その結果AKA-博田法に興味をもち、岡田先生を紹介させて頂く機会が多くなりました。今までの私はMRIなどの画像診断を優先し、その所見がひどければ手術を勧めていましたが、今回の自らの経験で考え方を改めるようになりました。実際に腰痛の患者さんにMRI検査をすると、腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、腰椎辷り症という診断がついてしまいます。そうして手術を受けた方の中で必ずしも症状が良くならなかった方を何人か拝見してきました。手術をしてくれた先生は決まって「手術はうまくいった」と言い、良くならないのは本人が神経質だからとか鬱なのだとまで言われてしまいます。今よく考えてみると、こういうケースは手術を受けた疾患が腰痛の原因ではなかったかもしれません。自分は手術をししないで済んで本当に良かったという思いから、今では手術をする前にAKA-博田法を試して頂くように考え方を変えています。AKA-博田法という治療法をより多くの整形外科医や内科の医者が認知して、一人でも多くの患者さんが手術をしないで腰痛を克服できるようになって欲しいと思っています。